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アウシュビッツ解放60周年

ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の象徴となったアウシュビッツ強制収容所の解放60周年を記念する式典が27日、雪の舞う中行われました。式典に参列した世界の首脳や生存者は、この残虐行為を忘れてはならないと表明し、収容所跡地でろうそくに火を灯しました。私は、この式典をテレビで観ました。出席者は寒さで吐く息は白く、鼻は痛々しい程真っ赤になっていました。氷点下16度です。60年前、想像を絶する寒さのもと、被収容者達の中には裸で過ごさなければならなかったものもいたそうです。そこで行われた恐ろしくて、悲しい日々を送った人たちは今も生きています。時代は変わり、過去の事として忘れさられようとしています。人がした恐ろしい事を、歴史として受け止めなければなりません。私は、アウシュビッツ収容所の事は少しながら知っていましたが、この式典を見て、何も知らなかったという事を知りました。その過酷な状況での彼らの気持ちを感じた事はありませんでした。

ある新聞記事で、ペーター・ギンツというチェコスロバキアのユダヤ人少年の事を知りました。1942年、ナチスにより14才だった彼はプラハからテレジン収容所へ移送され、その2年後アウシュビッツ収容所に送られ、毒ガスによって虐殺されました。彼の名は、今、太陽系の小惑星に冠せられています。少年は、月面の想像スケッチや、宇宙の魅力を描いたSF小説、詩、日記を遺しています。2003年、空中分解事故を起こした米スペース・シャトル「コロンビア」に乗り込んだ初のイスラエル人飛行士イラン・ラモン氏は、ギンツの想像スケッチを持ち込んでいました。そのような事も奏して、彼の名は星に冠せられました。
子供達はあのような過酷な状況でどのように過ごしていたのでしょうか。「ペーターの日記は、ああした状況で子供がどのように生きていたかを伝える絶対的真実に満ちている」と、語られています。遺作は、来月刊行されるそうです。

昨日、今日と日本上空に寒気があり、日本全国大変冷え込んでいます。お陰で、電車など交通状況に遅れがでました。プラットホームで30分も、電車を待つはめになり凍りそうでした。そんな時、ギンツの事を考えていたら、想像力って凄いなって思いました。ほんの少し、寒さを忘れる事ができたように感じました。けれども、過酷な状況は変わりません。体は冷えきって、歯はガタガタ震えます。そうこうする内に、電車が来ました。暖かい車内で、みんなホッとしていました。アウシュビッツでは、この暖かさを味わう事なく虐殺されていったのです。当たり前のように感じている事を改めて、今、感謝します。そして、あのような恐ろしい事が人類の歴史に二度と繰り返されないようにと願います。

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